地盤の概説
1.東京都の地形・地質の概要
2.武蔵野台地と東京低地
3.関東ローム
4.谷底低地
5.工学的基盤
6.モデル化対象層
東京都は地形からみて西から山地,丘陵地,段丘(台地),低地に分かれます。
図1に久保によって作成された微地形分類図1)を示しますが,電子地盤図が作成されている
東京の中心部は台地(山の手)と低地(下町)にまたがっています。
その境界は京浜東北線付近になります。低地は厚い軟弱な沖積層で覆われていますが,
その下端は起伏に富んでいます。台地の表層は更新世に火山灰が積もった関東ロームなどの
堆積物が堆積していますが,軟弱層を有す谷底低地が台地を樹枝状に切り刻んでいます。
また,台地でも深い所には更新世に関東山地から流下した河川の大規模な扇状地性の砂礫層があります。
このような複雑な地形は,氷期・間氷期の海面の上下変動により海岸線が大きく変化したことから形成されてきています。
また,海面変化と気候変化による氷期の繰返しによる影響は,
地層の変化に現れており,海域に堆積した地層と河川から運ばれた地層が順次重なっています。
約12~13万年前の最終間氷期に起こった海進(下末吉海進)では,台地の奥まで海が入り込みました。
その後の最終氷期(約2万年前)では海退によって海水面が低下し,現在よりも海水面が約100mも低下しました。
現在の東京湾はその当時は古東京川の川底になりました。
この約10万年の間に東京の台地は古多摩川などの侵食・堆積作用により何段もの段丘地形が形成されました。
その後,後氷期(約1万年前)に入り海水面が最高に達した約6,000年前の縄文海進の時代には,
東京湾は川越や栗橋付近まで拡がりました。
そして利根川・荒川・多摩川などの河川流域から流出した土砂は,内陸側から東京湾へ向かって次第に堆積し,
沖積層(有楽町層)を形成し,その範囲が現在の東京下町まで拡大されていきました。
一方,台地を切り刻んで開析谷(谷底低地)が樹枝状に形成されていきました。
参考文献
1) 久保純子:東京低地水域環境地形分類図, 1993.
東京低地(下町)では軟弱な地層が厚く堆積しています。
これは約2万年前の最終氷期以降に堆積したものです。
約2万年前の最終氷期には海水面が現在よりも約100m下がりました。
この時下町付近は古東京川の川底となり,川が削った谷とその間の台地から形成されました。
その後海水面が上昇すると下町付近まで海が拡がり,
関東山地などから流れ込む河川が運んできた土砂のうち砂や粘土がその谷を埋め,
さらにその上に10~20mの厚さで堆積しました。N値は10~30の比較的締まった層です。
このような地層を七号地層と呼びます。また,土砂で埋まった谷を埋没谷と呼びます。
その後海水面は急速に上昇したため,東京湾の海岸は大きく後退し,川越や栗橋まで東京湾が拡がりました。
そして下町付近は東京湾内になりましたので,関東山地などから流れてくる川の土砂のうち,
粘土だけが下町付近まで到達し,粘性土が厚く堆積した層を形成しました。
N値は0~3程度と小さく貝を含んだ軟弱な粘性土層です。
海水面の上昇は約6000年前に止まりました。そうすると広く拡がった東京湾の奥の方から,
関東山地などから運ばれた土砂がどんどん堆積し,海岸線が前進して東京湾は狭くなっていきました。
そのうち東京の下町付近まで海岸になってきて三角州を形成し現在に至っています。
この三角州では細粒分を含んだ砂質土が堆積してきていますので,
下町の表層には主に三角州性の砂質土層が数mの厚さで広く堆積しています。
細粒分を10~30%程度も含んだN値が5~10程度と緩い砂質土層です。
火山が噴火しますと火山灰が高く舞い上がりますが,いずれ降下して堆積します。
関東平野の西や北には富士・箱根・浅間山・八ヶ岳などの火山が多くあり,古くから噴火を繰り返してきています。
更新世中期以降に噴出し,偏西風に乗って東側に流され,関東平野に堆積した火山灰などの総称を,
関東ロームと呼んでいます。東京近郊に見られるものが砂・シルト・粘土がほどほどに混じっており,
粒度分布からロームに分類されるため,関東ロームと呼ばれるようになってきています。
関東ロームと一口に言っても一つの層ではなく,数多くの噴火によって形成された多くの層から構成されています。
東京においては段丘や台地の表層にこの関東ロームが厚く堆積していますが,大きく分けますと,
上部(新しいもの)から立川ローム層,武蔵野ローム層,下末吉ローム層,多摩ローム層に分類されます。
工学的には間隙比が3~4で含水比も80~180%と大きいのにも関わらず,自然堆積した関東ロームは比較的強い土です。
ただし,一度切り崩すと一気に弱くなり,間隙水を多く含んでいるため,べちゃべちゃな粘土に変身します。
なお,冬には霜柱が立ち易い土です。
丘陵地や台地に切り刻んだ小さな河谷を谷底低地(こくていていち)と呼んでいます。
谷底低地は,周囲の丘陵地や台地から流れ込んだ土や樹木が腐った有機質土などが排水の悪い低湿地に堆積し,
軟弱な地盤となっていることが多くみられます。
一部の谷底低地では,そのような軟弱層が堆積していない低地もあり,周辺部の環境により種々異なった地層構成となっています。
台地に入り込む谷の大きさにより,20m程度も軟弱な粘性土が堆積している谷底低地もみられます。
東京の場合には,更新世に関東ロームが厚く堆積した武蔵野台地を切り刻んで,谷底低地が樹枝状に多く形成されています。
したがって,谷底低地には主に周囲の関東ロームが崩れてきて堆積した軟弱な粘性土が主体となっています。
ただし,溜池や一の橋など谷底低地が低地に出てくる河口付近には有機質土が堆積しています。有機質土は粘性土よりさらに軟弱です。
このように多くの東京の谷底低地には軟弱な粘性土か有機質土が堆積しているため,1923年関東大震災の際には図2に示すように,
谷底低地で家屋や水道管の被害が多く発生しました。
参考文献
2) 安田進・吉川洋一・牛島和子:東京の谷底低地における地震被害と地層構成,土木学会第48回年次学術講演会,Ⅲ,pp.422-423,1993安田進・吉川洋一・牛島和子:東京の谷底低地における地震被害と地層構成,土木学会第48回年次学術講演会,Ⅲ,pp.422-423,1993
「有楽町層」のところで説明していますが,東京の下町では約2万年前以降に堆積した七号地層および有楽町層が厚く堆積しています。
有楽町層の下部は軟弱な粘性土層で,また,有楽町層の上部は緩い砂質土層であり,大型の構造物を支持できません。
七号地層も大型構造物の支持できるかどうか限界の締まり具合です。通常大型構造物を支持するには50程度のN値が必要です。
したがって,下町では工学的基盤は七号地層や有楽町層の下部の更新世の層になります。
一方,「関東ローム」のところで説明していますが,丘陵や台地の表層には更新世の火山灰層が堆積しています。
この層は家屋程度の荷重ですと支持できますが,大型の構造物は支持できません。
その下部にはやはり更新世に堆積した粘性土層や砂質土層があります。これもN値が10~30程度と,支持層としては少し不十分です。
さらにその下部にはN値が50以上の砂礫層が堆積しています。そこで,丘陵や台地ではこの層が工学的基盤ということができます。
このように,東京中心部の低地と丘陵・台地を統一して定義できる工学的基盤はN値が50以上の層ということができます。
そこで,東京の電子地盤図においては,N値が50以上の層が5m以上の厚さあればその上部を基盤と判断し,
その基盤より上部の地層をモデル化して示してあります。なお,このようN値が50を目安とした工学的基盤は,
構造物の支持層の意味以外にも,地震応答解析における基盤としてもよく用いられています。
東京の下町では約2万年前以降に堆積した七号地地層および有楽町層(沖積層)が厚く堆積しています。 有楽町層の下部は軟弱な粘性土層で,また,有楽町層の上部は緩い砂質土層であり,大型の構造物を支持できません。 七号地層も大型構造物の支持できるかどうか限界の締まり具合です。通常大型構造物を支持するには50程度のN値が必要です。 したがって,下町では工学的基盤は七号地層や有楽町層の下部の更新世の層になります。【地盤概説「2.武蔵野台地と東京低地」を参照】 一方,丘陵や台地の表層には更新世の火山灰層(関東ロームと総称される)が堆積しています。 この層は家屋程度の荷重ですと支持できますが,大型の構造物は支持できません。 その下部にはやはり更新世に堆積した粘性土層や砂質土層があります。これもN値が10~30程度と,支持層としては少し不十分です。 さらにその下部にはN値が50以上の砂礫層が堆積しています。そこで,丘陵や台地ではこの層が工学的基盤ということができます。 【地盤概説「3.関東ローム」を参照】 このように,東京中心部の低地と丘陵・台地を統一して定義できる工学的基盤はN値が50以上の層ということができます。 そこで,東京の電子地盤図においては,N値が50以上の層が5m以上の厚さあればその上部を基盤と判断し, その基盤より上部の地層をモデル化して示してあります。なお,このようN値が50を目安とした工学的基盤は, 構造物の支持層の意味以外にも,地震応答解析における基盤としてもよく用いられています。